ヨーロッパでのサッカー観戦ガイドブックの仕事は、これまでしてきた中でも有数に自慢できる仕事だと思う。にも関わらず、サッカーファンは意外と限られ、熱く語ろうとしても、それ程には必ずしも喜んで聞いてもらえないのがツライところだ。実際、日本人選手の活躍がマスコミではあれほど報道されている一方で、『大リーグ観戦ガイド』と共に10年前から休刊という名の廃刊になってしまっている。発売しても損はしないものの、決して収益は上がらないとのことだ。確かに、ワールドカップ関連の日本代表戦はテレビで観ても、ヨーロッパまで観戦しに行こうという人は限られる。僕自身もスポーツニュースで観るのを楽しみにしていたくらいのファンだったが、出入りしている編集プロダクションに、この仕事が来たので参加できることになった。
ヨーロッパへサッカー取材で毎年春に通っていた2003~2006年といえば、イタリアで中田英寿と中村俊輔、ドイツで高原直泰、イギリスで稲本潤一、オランダで小野伸二が活躍していた頃のことだ。現地在住のライターさんがいたので、僕自身は行けなかったスペインではバルセロナでロナウジーニョが全盛期だった。
ヨーロッパ・サッカーやクラブのウンチクについては、それに詳しいライターさんが担当し、僕はスタジアム周りの現地取材を担当した。チケットの買い方やスタジアムへの行き方を調べ、スタジアム周りや町の地図を作り、サポーターの集まる店や安宿を紹介した。
楽しかったのはクラブの練習場の取材で、練習時間の前後に出入口で待っていれば、スター選手が次々に現れ、大抵サインをしてくれる。その時ばかりは、取材ノートがサイン帳に早変わりした。選手たちがよく利用するというレストランや常宿へ行くと、本当にいらっしゃるのだから嬉しい。
十年経ち、もう変わっている可能性もあるが、練習場などでのファンの扱いは各国様々。イギリスでは練習は非公開、サインは試合前後にスタジアムの選手出入口付近でもらえる可能性があった。イタリアでは練習日時は告知されるが、遠くフェンスの外からしか観られないところが多かった。
それに比べ、ドイツやオランダではピッチわきから間近に、クラブによってはレストランでビールを飲みながら練習が観られるといった具合だ。有名クラブのホームでは、有料のスタジアムツアーも人気で、スペインでは練習を観るのにも高額なチケットが必要なところまである。
スタジアムの造りも様々で、客席とピッチの間を透明のアクリル板が高く仕切るのは、イタリアのスタジアム。それとは対照的に、サッカーの母国イギリスの客席とピッチの近さには、バックネット以外のネットが張られていないアメリカのメジャーリーグや、ノーガードで名画が展示されていたりするフランスの美術館にも通じる迫力がある。
デイゲームは家族連れが多く、どの国でも比較的安心して観られるが、ナイターとなると特にイタリアは物騒で恐い。スタジアム周辺を試合前に廻ると、アウェイ席の出入口周辺では、ここで一体何が起きたんだ?というほどの警官の多さにまずビビる。さらに進むと、柵を乗り越えて入ろうとしている者たちが警備員と睨み合っていたり、クラブの旗を手に何故か血まみれのお兄さんたちがウロついていたりする。節操のない観客のブーイングを本田圭佑が昨今批判したが、スタジアムはVIPルームが社交場としても使われる一方、仕事にあぶれた男たちの憂さ晴らしの場ともなっている。
遡れば学生時代、日本や僕がサッカーに目覚める以前、ワールドカップの時期にイランのホテルの部屋でくつろいでいると、従業員が部屋のドアをガンガン叩いて回り、イラン代表戦の開始を告げた。歓声や叫び声がこだまするホテルの中で、おとなしく部屋にいた僕を、興奮した従業員が、ロビーのテレビを「なぜ観に来ない!」「部屋でのんびり何してるんだ!」信じられないという表情でまた呼びに来た。
各国の首脳やビジネスマンも、まずはサッカーの話題で距離を詰めるという。そういえば、中国の列車で会ったジャージ姿の青年は紙切れに「蹴球」「三浦」「北澤」と書き、知ってるか?と見せてきた。アトランタ・オリンピックで日本がブラジルに勝った日には、エルサルバドルのタクシー運転手が満面の笑みで「ハポン・ウノ、ブラジル・セロ」と手振り付きで声をかけてきた。旅先での思い出とサッカーが完全にリンクしている。
日本対ブラジルの代表選をドイツのスタジアムで観ていると、中村俊輔が見事なミドルシュートを決めた。スタンディングオベーションが起き、日本人らしいということで周囲の客席からは、ついでに僕にまで拍手が贈られてきた。思わず両手を挙げ、万歳をして返したが、日本人であることを、あれほど誇りに感じた瞬間もそうない。
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7月5日公開
世界を旅しながら『地球の歩き方』などに寄稿したり自主映画を制作したりするカメラマン・ライターの今野さん。撮影した写真を使って制作したポストカードは、旅の記憶を呼び起こすきっかけになります。
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8月2日公開
ライターやカメラマンとして、現地の人々や文化とどのように向き合うべきか? 『地球の歩き方』など、数多くのガイドブックで現地の声を届けるベテランの今野さんが、経験や年齢とともに移りゆく価値観をいま改めて見つめ直します。
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9月6日公開
インドネシアでは国立公園でオランウータンを間近で見たり、象に乗ってジャングルを回ったりするツアーが人気です。一方で自然破壊が野生動物たちから居場所を奪い、観光向けに人間に飼い慣らされている現状も踏まえて、今野さんはガイドブックと報道の間で何をどう伝えるべきかを考えます。
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10月11日公開
世界を旅していると、やはり日本人がいる場所はどこかほっとするもの。メキシコの日本人宿で知り合ったレスラーのルチャ・リブレ(プロレス)を観に行ったり、フィルムを扱う雑貨店のご家族に招かれて日本食をご馳走になったり、メキシコでも日本人との色々な出会いがありました。
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11月1日公開
中田、中村、小野、稲本…日本サッカーが世界に羽ばたいた2000年代初頭、今野さんはサッカー観戦ガイドブックの記者としてヨーロッパで取材をしていました。国ごとに異なるファンの扱いなど、臨場感あふれる当時の様子を振り返ります。
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12月6日公開
学生時代は旅費を稼ぐために映画関係のアルバイトをしていたという今野さん。そして今、その旅行や取材で培った体験を元に映画を撮ろうと思ったのも偶然ではないかもしれません。世界を旅する今野さんは、これからどんな物語を映し出してくれるのでしょう。