ロンドンのセントパンクラス・インターナショナル駅構内にあるホテル。19世紀の建築家ジョージ・ギルバート・スコットによって設計されたミッドランド・グランドホテルを前身として、2011年に5つ星ホテルとして生まれ変わった。ルネッサンス王朝時代のデザインがそのまま残る建物はロンドンを代表するゴシック建築のひとつで、館内の大階段が印象的である。
基本的にヨーロッパ旅行が好きです。ホテルも、その土地らしい「ヨーロピアンタイプ」を選ぶことが多いのですが、あるとき、イギリスで「アメリカンタイプ」のホテルに宿泊。そこで快適体験をし、気づいたことを、今回は書いてみたいと思います。内装としてのインテリアではなく、空間としてのインテリアのお話です。
“ホテルのような部屋”と聞くと、どんなインテリアを想像しますか?
私は、自分の趣味がそちらに偏っているためか、ちょっぴりクラシカルな、エレガント系を想うことが多いです。だから、ヨーロッパに個人旅行で行くときは、できるだけインテリアも楽しめそうな、「ヨーロピアンタイプ」を選びます。ホテルには、「ヨーロピアンタイプ」と「アメリカンタイプ」がありますが(これって日本の旅行業界ならではの表現なのかしら?と思ったら、UKのGoogleでも一応、ヒットしますね)、ふと、厳密な意味は何だろう?とググってみました。
日本旅行の「海外旅行Q&A」に記載がありました。アメリカンタイプは、「ホテルとして建てられた建物」、ヨーロピアンタイプは「違う目的の建物をホテルに改装したものが多い」。なるほど、端的な説明ですね。
この説明には明確には書いていませんが、ヨーロピアンタイプのホテルに多いのは、部屋の大きさや窓の大きさがバラバラで、そもそも水回りがなかったところに増設していることが多いため、「とにかく狭い!」部屋が往々にしてあること。この連載でも紹介したことのある、ロンドンの激狭ホテルなんぞは、物置や使用人部屋だったとおぼしき空間をシングルルームにしていたりするので、狭さが半端ないです。パリで泊まったこの部屋は、屋根裏っぽい部屋の、さらに上のロフト的な空間でした(笑)。
手前に見えているのは、階段の手すり。客室の中にさらに階段があり、天井の低いロフトのような空間にベッドが置いてありました。
内装や設備の面でも、アメリカンタイプはあっさりめの内装に、近代的な水回り設備が多い。ヨーロピアンタイプは、水回りは最新式にリニューアルすることが増えていますが(特にロンドンのホテル事情は劇的によくなったと思います)、インテリアはちょっぴり甘めやエレガント。
上の写真のベッドヘッドには、伝統柄のトワレ・ド・ジュイ風の壁紙が張られています。ウィンザーで泊まったカントリーハウスホテル「オークリー・コート・ホテル」の部屋は、こんな感じ。
ザ・イギリス!という感じですね。
ロンドンオリンピックの影響か、イギリスではホテルの改装がずいぶん進んでいて、全体的に内装もかなりモダンになっていると感じます。タイトルバックにしたホテルは、ウエールズのちょっと田舎の古いホテルですが、内装はかなりモダンですよね。このホテルに宿泊したのは、もう5年くらい前なのですが、中に入ってみて、ちょっぴりがっかり(笑)したことを覚えています。
「せっかくヨーロッパに来たのだから、日本でもありそうなモダンなインテリアよりは、クラシカルでも“それっぽい”インテリアがいいな~」。
私はずっとそう思っていたわけです。
イギリスをはじめ、ヨーロッパではできるだけ「アメリカンタイプ」のホテルを避けてきた私ですが、あるとき、認識を改める機会がやってきました。それは、「セント パンクラス ルネッサンス ロンドン St. Pancras Renaissance Hotel London」に泊まった2012年のことです。
このホテルは、鉄道駅であるセントパンクラス駅に併設されたステーションホテルだったのですが、長らく閉鎖されていました。それが、マリオット系列ホテルとして復活。セントパンクラス駅は、それはそれはクラシカルな、趣きたっぷりな建物なので、とても期待して宿泊したのです。
建物はレンガづくりのゴシック建築。駅構内を改装したレセプション前のラウンジ。ガラス天井からの自然光で明るく、落ち着ける空間です。クラシカルな建物に、ほどよくモダンなインテリア。期待に胸ふくらませて、お部屋に向かったのですが……、ドアをあけての第一印象は、「だだっ広い」。
あっさりとしたインテリア。
「内装はやっぱりアメリカンタイプになっちゃったんだな」と思いました。なんというか、あっさりしすぎて、空間がぽかんと空いた感じがしてしまうのです。
「奮発したんだけどなぁ…」と思いながら、せっかくのデスクなので、パソコンを置いてしばらくそこで仕事をすることにしました。写真の左手の丸いデスクです。
狭いホテルでは、たいていデスクは壁づけです。こんなふうに、部屋の中に向かって座ることはほとんどありません。新鮮な思いでしばらく作業をしていたら、ふと、すごーく気分がいいことに気づいたのです。
目をあげると、空間が開けている。のびのび~っと空間がある。それがとっても気分がいいのですね。
さらに、立ち上がって飲み物を取りに行ったり、バスルームに行くにも、ゆーったりと通路があるので、ラクに通れます。何かをよけたり、体を斜めにしたりすることがない。これがこんなにストレスフリーなことなのか!と、初めて発見しました。
「空間があるって、それだけで気持ちがいいんだ!」
ぽかんとしていると感じるほどの空間がとれるのは、ある意味、ホテルならではの贅沢なのだ、とそのとき初めて気づきました。これを自分の住まいで実現しようとしたら、一軒の家に個室は一つ、なんてことになってしまいます。だから、旅先では何もない空間を楽しむ。踊れるくらいに広い空間を楽しむ。そんな楽しみもあるのだ、と思いました。
インテリアはほんとにシンプルすぎですけれど(笑)。
それ以来、日本でもときどきお得なセールを狙って、アメリカンタイプのホテルに泊まっています。同じマリオット系列で、セカンドラインになる「コートヤード by マリオット」は、インテリアもほどよくてかなりお気に入りです。
こちらは新大阪のコートヤード。
流行のトライブ柄が取り入れられていますね。朱色のアクセントカラーの使い方もおしゃれです。部屋の広さはぐっとコンパクトですが、通路の幅がゆったりしていることと、デスク(写真では見切れていますが、チェアの前にあります)がラウンドタイプなところは、セントパンクラスと共通。私は、壁に向かわないようにチェアの向きを変えて、使うことが多いです。
暮らしの場では、ものを持たずにスッキリ!とはなかなかいきません。好きなものに囲まれて、コージーな空間にすることも私は好きです。
けれども、ときどきは、スコーンと抜けた空間が、身体も心ものびのびできて気持ちがいいということを、存分に味わってみたいな、と思います。そして、いつかそんな空間に住んでみるのもいいな、と憧れています。
アメリカンタイプのホテルは、そんなときにうってつけの贅沢なのです。
References & Thanks to
1
9月27日公開
旅好きなインテリアエディター藤岡さんが世界各地で出会ったら魅力的なインテリアをレポートする新連載。第1回はイギリスの「ドーセットスクエアホテル」。ロンドンの高級住宅街の一角にあるこのホテルは全38部屋すべての内装が異なります。
2
10月25日公開
「モダンデザインの父」と呼ばれるウィリアム・モリスの旧邸宅「レッドハウス」がロンドン市内にあります。「役に立たないものや、美しいとは思わないものを家に置いてはならない」という自身の言葉どおり、その素朴で美しいインテリアは必見です。
3
11月22日公開
ロンドンの超激狭ホテルの内装に意外なヒントがありました!設備がぎゅうぎゅうに詰め込まれたわずか15平米ほどの部屋ですが、「インテリアを楽しもう!」という意図を持ってコーディネートされた空間のなかに、藤岡さんは色々な工夫を発見しました。
4
1月9日公開
窓から見える景色もインテリアの一部として捉えると、クルーズ船の旅は美しいインテリアの宝庫に!藤岡さんがヨーロッパの船の旅で発見したのは「ずっと見ていたい景色」として居室に溶け込むインテリアの在り方でした。
5
2月7日公開
ホテルの部屋の「ヨーロピアンタイプ」と「アメリカンタイプ」。違いを理解してみると、どちらもそれぞれの良さがあるようです。ロンドンで泊まったアメリカンタイプの部屋で、藤岡さんは開放的な空間ならではの魅力を発見しました。
6
3月7日公開
長期滞在者向けのアパートとホテルのメリットを併せ持つアパートメントホテル。旅先で“暮らすように過ごす”ことで、その無駄のない空間の合理的なレイアウトに魅了されました。