Hina Takako

シンガーソングライター

日本海にほど近い、自然豊かな土地の寺に生まれ、広々とした川縁や本堂でも歌い込み、歌の世界へと惹かれていった。独特で力強い歌声、シンプルながら情景的な歌詞は世代を越えて響き、寺院コンサートや伝統文化との共演など独自の活動を展開。唱歌をアレンジし歌い継ぐ活動、合唱曲の提供なども手掛けている。

しあわせの花を探して

5そして、これからも。

表現したいものと環境の違和感、体調不良と恋人の病気、気にかかっていた実家の寺のこと。いろんな思いが重なって、私は素直に「帰ろう」と決めた。その決断に悔いがないかは、その後の自分次第だと自覚しながら。

ただいまの1年目

撮影:川島一郎

決断した晴れやかな気持ちとは裏腹に、結局のところ帰郷一年目は、これまでの膿を吐き出すかのような年だった。環境の変化や沢山の出来事があり、ますます体調も悪化。咳で骨折し、ライブがキャンセルになり、ファンの方やスタッフに大迷惑をかけてしまうという、ある意味忘れられない一年になった。

すがる思いで鍼の先生に診てもらった時のこと。肺でも、気管支でもなく、飛び上がりそうなほど激しく痛む胸のツボがあった。そのツボを尋ねてみると「これは心臓、心だよ。歌うこと、楽しい?」と聞かれた。そのとき私は、すぐ返事ができなかった。

自由に歌えない時期が続いたせいか、「歌わなきゃ」「頑張らなきゃ」が口癖になっていた。応援してくれる人に、いつかお返しできる自分にならなきゃ、と活動のことを思うばかりで、いつの間にか歌うこと自体の楽しさを忘れていた。そうなってしまった自分にも悲しかった。

思い出した「歌う楽しさ」

撮影:ミエリフォトデザイン

咳で骨が折れたとき、
「もう、やりたいことしかしないでおこう」と思った。

まったく選ぶという立場にもないけれど、その時の私はそうすることが必要だった。私らしく生きるための優先順位は、自分で考え、自分で選ぼうと。

その後は、依頼されたライブを行いながら、友人ミュージシャンとのコラボや、ボーカリストとしてバンドにも参加するようになった。背負うものもなく、純粋に「歌の楽しさ」を思い出すことも出来たし、逆に自分の作詩作曲したものを歌う意味、聴いてもらえる有り難さを実感する機会になった。世の中にはたくさんの素晴らしい音楽や歌があるけれど、その中で私の曲を選んで愛してくれる人がいるのだと、その感動を改めて実感した。そして、シンガーソングライターとしての私がやっぱり活動の真ん中にいなきゃと。そう教えてくれたのは素晴らしいミュージシャン仲間やファンの人たちだった。

「ただいま」から3年目

撮影:川島一郎

福井に帰ってから三年目の今年、手がけた地元の市のテーマソングが毎日聴こえる時報になったり、校歌を作らせてもらった高校が甲子園に出場してくれたり、日々の中でたくさんの喜びに出会わせてもらった。気づけば、すっかり体調も回復し、以前のようにホールでのワンマンライブや東京ライブも自信を持って企画できるようになるように戻っていた。

自分の作ったメロディと共に朝を迎え、
時々遠くへ歌いに出かけて、またこの町に帰ってくる。

愛する人、家族がいる場所で、
鳥の声を聞き、季節の風を感じながら、
私は今、「しあわせ」を感じて生きている。

それぞれの表現の中で

撮影:川島一郎

人生は面白いほどに想定外の試練をくれる。
辛い日々の渦中では、とてつもなく長い闇に思えて不安になるけれど、こうして振り返ると、ちょっとした人生の転機だったのだなと思う。そう思いきや、私はまた新たに舞い込んだ別件の渦中でもがいている。(笑)まったくめまぐるしいけれど、こうして日々は続き、その時々で自分を励ますように、私は曲を書いていくのだろう。

「私に降りかかる試練は、私しか乗り越えられない」

だからこそ人の真似じゃなく、与えられたことを精一杯受け止めたい。そうして創り上げられた人生が、曲のように、一つの作品のように思えたならば、なんて楽しみだろうか。自分らしく生きるとは、一つの表現なのかもしれない。

私だけの「しあわせの花」を探しながら、
これからも、私らしく生きたい。このまちに、ずっと「ただいま」を言いながら。

PICK UP SONG

「いずこの空」2012年5月リリース

日々のいろんな出来事や出会いによって変化していく人の心。離れ離れになる時があっても、お互いにその時を精一杯生きて、いつかまた再会できたときにも笑顔で会えますようにと、願いを込めて書いた、大切な一曲です。

ヒナタカコ

しあわせの花を探して

1

6月27日公開

プロローグ:三国の歌姫を訪ねて

7月から「into Art」での連載が始まるシンガーソングライターのヒナタカコさんをkAMAKULANI編集部が訪ねました。場所は福井県、日本海に臨む三国の地。自然あふれる三国の町で生まれたヒナさんは、東京での活動を経て今再び、故郷に戻りました。連載第1回はプロローグとしてキュレーターのデキがヒナさんと三国の魅力をお伝えします。

2

7月18日公開

言えなかった「ただいま」

福井に戻って3年。音楽で想いを伝えることに専念してきたシンガーソングライターのヒナタカコさんが、ふとしたきっかけでKAMAKULANIで筆を執ることになったのは、言えなかった「ただいま」を言うためなのかもしれない。これまでの音楽活動を振り返りつつ、ヒナさんの現在を、そしてこれからの音楽を知るためのメッセージ。

3

8月22日公開

上京、そして出会い

東京で音楽活動を始めたヒナタカコさん。初めてのライブは観客2人。レコード会社との契約がないまま手探りで活動する中、後にスタッフとしてヒナさんの活動を支えることになる同郷の音楽関係者と出会う。「今はまだ帰れない」その言葉を噛み締めながら、自ら立ち上げたレーベルからプロとしての活動が始まりました。

4

9月19日公開

変わるもの、変えられないもの

「生まれはな、君そのものなんや」。ラジオのパーソナリティに言われた言葉がきっかけで、寺生まれである出自を見つめ直したヒナタカコさん。出家のための得度や、自らの体調不良、そして大切な人の大病などの経験を通じて、愛に生きる時間を大切にすることを選んだヒナさんの音楽活動のベクトルは徐々に変わっていきました。

5

10月24日公開

そして、これからも。

「歌わなきゃ」…福井に帰郷してから、いつの間にか歌うこと自体の楽しさを忘れていたヒナさん。自らに課した重圧から離れて、自分の本当にやりたいことは何かを考えることで、少しづつ自信を取り戻していきました。

6

11月21日公開

アルバムライナーノーツ

東京でのプロデビュー、そして自身で立ち上げたレーベル運営と音楽活動を経て、故郷の福井に戻るまでの道のりを振り返ったヒナタカコさんが、今だからこそ語れるエピソードの数々で自作を紹介!KAMAKULANIに綴られた制作秘話と、ヒナさんの音楽と一緒にお楽しみください。