芸術の秋、いかがお過ごしですか?このコーナーはKAMAKULANIの1周年記念企画として、「暮らしと音楽」をテーマに連載しています。第2回は「旅先で聴く音楽」。お相手は前回に引き続きKAMAKULANI編集部のアベさんです。
前回は主に家やお店など、特定の空間で聴く音楽についてのお話でしたが、今回は旅にまつわる音楽のことを聞かせてください。デキさんは国内外を問わず色々な場所に旅行されているイメージですが、最近旅先で出会った音楽で印象に残っているものはありますか?
今年の夏のはじめにアメリカのポートランドでエースホテルに宿泊したんです。エースホテルは、いわゆるラグジュアリーホテルとは違った楽しみ方ができるホテルとして人気があるのですが、インテリアだけではなく設備自体も一風変わっているんです。例えば、私の泊まった部屋にはレコードプレーヤーがあって、地元のミュージシャンや、ホテルのテイストに合うレコードが10枚ぐらい置いてありました。部屋にDJがいるような感じですね。
その中にアーケイド・ファイアのアルバムを見つけて、それまで名前は知っていたけどあまり深く聴き込んだことはなかったし、いい機会だと思ってなんとなく流してみると、これが部屋の雰囲気に合うんです!滞在中聴かない日はないぐらい毎日聴きました。
アメリカの土地で、カッコいいエースホテルで、しかもアナログ盤を…、そんな特殊なシチュエーションも相まってか、帰る頃にはアーケイド・ファイアはすっかりこの旅のテーマソングになっていました。
帰国してすぐに同じアナログ盤を買ったんですけど、自分の部屋で針を落とすと、もうそこはポートランドです。笑!
ポートランド、エースホテル、アーケイド・ファイア、しびれる組み合わせですねぇ。今のアメリカが失ってしまったプリミティヴな越境者スピリットのようなものを持ち合わせているところに共通点を感じます。
実は、前回お話しした「今日の1曲」(友だちが毎日メールで送ってくれる曲)にアーケイド・ファイアの「Wake Up」があって、それが人生初のアーケイド・ファイアでした。最初に聴いたときにはミュージッククリップもパッとしなくて、あまり印象に残らずにスルっと流れたんです…。でも同じ音楽なのに、旅の体験と結びつくことでこんなにも印象が変わるなんて、ビックリ!
音楽は出会い方によって印象が大きく変わりますよね。そこが音楽の楽しいところでもあり、難しいところでもあると思います。よほど音楽を聴き慣れている人でないと、曲の魅力を最大限に引き出すためには何かしら自分との「接点」が必要なんです。ドラマやCMで使われる曲がヒットしやすいのは、その「接点」が明確で印象的だからです。さらにその曲がグラミー賞やレコード大賞などの権威ある賞を授賞すると、もはや音楽性よりも社会性の中で「接点」が拡散していくんです。どれだけいい曲でも、適切な「接点」に恵まれなければなかなかヒットしません。
音楽との接点というのは、言い換えれば「演出」のようなものだと思います。デキさんの場合は、旅、ポートランド、エースホテルといった最高の演出が、アーケイド・ファイアの音楽の魅力を引き出したんでしょう。その演出はエースホテルの人が仕込んだものだけど、その舞台を選んだのはやっぱりデキさん自身なんだと思います。双方向から魔法のような力が働かないといい音楽とは出会えない。
ちなみに「Wake Up」は彼らの代表曲のひとつで、アメリカやヨーロッパでは「2000年代のアンセム」と言われるほど人気のある曲なのですが、日本ではアーケイド・ファイア自体の知名度がそれほど高くなくて、僕の周りでは、映画『かいじゅうたちのいるところ』の予告で流れた「Wake Up」で初めてアーケイド・ファイアを知ったという人が多かったようです。
あれ、『かいじゅうたちのいるところ』は私も観たけど、そのときも印象には残らなかったです…。
そういうものですよね。人によって受け取り方が違うからこそ、こんなにたくさんの音楽が存在する意義があるのでしょう。
僕は毎年海外にライブを観に行くんです。どんなライブでもいいというわけではなくて、なるべくその土地でその音楽を聴くことに意味のあるものを選んでいます。
何年か前にはニューヨークでアーケイド・ファイアのライブも観ましたよ。ちょうどワールド・ツアーの最中で、毎回演奏する街にちなんだゲストが出るんです。ニューヨーク公演ではテレビジョンとデヴィッド・バーンでした。アーケイド・ファイアはカナダのバンドだし、デヴィッド・バーンはイギリス人ですが、トーキング・ヘッズ(デヴィッド・バーンが所属していたアメリカのバンド)やテレビジョン(70年代のニューヨーク・パンクを代表するバンド)から脈々と続くニューヨークの音楽センスを当代随一のバンドであるアーケイド・ファイアがしっかりと受け継いでいて、すごく先端的で「ニューヨークの今」を感じさせるいいライブでした。
そんな横文字がツラツラ出てきた後になんだか言いにくい感じがするんですけど…私は外国でライヴなんて行ったら絶対にパスポート盗られるわ!ってくらい、ハードルが高いです。そんなところでニューヨークの今を感じれること自体がスゴイですね~。私は「大阪の今」すらわかってないですよ(笑)。でもアーケイド・ファイアは最近お馴染みさんになってきたから、今なら生で聴いてみたいです。
私史上忘れられないライヴはいくつかありますけど、やはり一番印象に残っているのは、2009年に淡路島の野外ステージで開催されたMISIAの「星空のライヴ」ですね。淡路島の大自然を感じれるステージ構成になっていて、そのライヴに行った人ならきっと同調してくれるに違いありません。ステージの後ろに海が広がっていて、迫力のある大きな月が水面に映って光の道ができていました。空を見ても、海を見ても、ステージを見ても、ひたすら大自然!
そんな環境でMISIAのあの歌唱力ですよ!音楽を聴くというより、その世界にドップリ浸かりきって、終わってからもその場から離れたくない気持ちでした。
それはすごい!そんな贅沢なライブがあるんですね。
carbon(大阪の谷町六丁目でデキが運営しているピアノ教室)のピアノ講師には、旅先ではインストものしか聴かない、という人がいます。歌モノではなく、あえて楽器だけの曲を聴きながら周りの風景を重ね合わせていくと、頭の中で新しい音楽が生まれるんですって。そういう経験が曲をアレンジするときの手がかりにもなるそうです。
そういう楽しみ方ができると、旅行が何倍も楽しくなるでしょうね。
ワン・ジャイアント・リープという、イギリスの二人組が世界中を旅しながら現地のミュージシャンとレコーディングして、それをつなぎ合わせてひとつのアルバムを作る、という企画がありまして、これはとても素晴らしかった。ミュージシャンにとって旅はインスピレーションの塊なんだろうと思います。
そう言えば、旅先で音楽との運命的な出会いがありました。10年くらい前に福岡の「WITH THE STYLE」というホテルに宿泊したときに部屋にCDが何枚か置いてあって、当時はホテルの部屋で音楽を聴くなんて思いつきもしなかったので「すご~い」とちょっと感激しました。泊まるだけではなくて、そこで居住感をプラスオンするような経験はとても新鮮でした。その部屋にあったのはハワイアンのCDで、なぜだかとっても気に入ってしまい、フロントで「販売していますか?」と尋ねたら「どうぞお持ち帰りください!」とそのCDを頂いたんです。
その旅が終わったあともしばらくは家でよく聴いていたのですが、何年か経ってそんな出来事もすっかり忘れたころ、ハワイを旅行中にお土産屋さんで「キレイなジャケットだな〜」と思って購入したCDが、なんと10年前に福岡のホテルで頂いたCDとまったく同じものだったんです!ジャケットが違っていて、店では気づかなかった。今そのアルバムを聴くと、ハワイなのか福岡なのかわかんなくなります…。
すごい偶然ですね。デキさんに聴かれる運命だったんでしょう。
最初の話でもホテルが出てきましたが、ホテルという場所は非日常の中の「作られた日常」として、現実とはかけ離れた雰囲気やサービスを期待しつつも、どこかで日常的な安らぎも求めてしまいます。僕にとっては音楽の流れている空間こそが日常なので、以前はホテルの部屋に音楽を聴く環境がないことがストレスでした。
最近はiPodなどで音楽を聴けるようにスピーカーが常備されていたり、TVを置かなかったりするホテルも増えてきているそうですよ!
そして私のお決まりは、2泊以上するときは必ず、現地のお花屋さんで好きなお花を選んで部屋に飾るようにしていることです。あえて日常と同じような空間を作って「暮らす」ように過ごす!そうすることで、旅の緊張感から解放されてホンキでリラックスすることができるんです。そんな工夫で、帰宅後に感じる旅の疲労感はかなり軽減されますよ。
さすが、空間演出のプロのデキさんらしい発想ですね。普通、ホテルで花を飾るなんて思いつきませんよ。でも確かに外国だと街角に花の屋台が出ていることもよくあるし、気軽にポケットの小銭で花を買えるんですよね。
以前の山木さんの連載にも、海外の方が暮らしと花が身近だという話がありましたね。
ところで、僕は空港という場所が好きなんです。旅行ではなくても、時々空港に出かけて本を読んだり、滑走路を眺めたりすることがあります。空港のあのニュートラルで誰に対しても平等に冷たい感じが、妙に落ち着くんです。
私も空港が大好きです。最初にあの重い鉄の塊を空に飛ばそうって考えた人について思いを馳せてみたり、あと、飛び立つ飛行機を見て、置いて行かれるような感覚も好きなんです。「次は私の番だ!!」って思ったり、「どっかに行きたいな~」って旅モードになったり。
でも、いざ旅立つ当事者として空港にいるときってソワソワとワクワクと少しばかりの緊張感で、音楽を聴く余裕はないような気がします。学生時代の修学旅行だったら、なんにも考えずについて行くだけだから気楽なんだけど!笑
空港と関係のある音楽って、どんなモノがありますか?
ブライアン・イーノが1978年に『Ambient 1: Music for Airports』というアルバムを発表しました。これは後に環境音楽の金字塔と呼ばれる作品で、文字通り「空港のための音楽」として、メタファーでも何でもなく非常に実践的に空港で流すのにふさわしい音楽なんです。静かで、抑揚がなくて、始まりも終わりもないような音楽。
空港って、時間軸がひとつじゃないでしょう?色んな時差を抱えた人がいて、時計の針も外の明るさもほとんど意味をなさない。だからイーノは、国籍も時間軸も年齢もバラバラの人たちが共有できる、架空の原風景のような音楽を作ったんです。ニューヨークのラガーディア空港で実際に使われているそうですよ。
(『Ambient 1: Music for Airports』を聴きながら)環境音楽って聴いていると眠くなるし、ちょっと頭でっかちな気がして敬遠していたけど、これはいいですね!
こういう環境音楽が際立つのって、その場所に馴染んで溶け込むときですか?
環境音楽って、AR(拡張現実)に似てると思うんです。「ポケモンGO」のように、スマートフォンやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を介して、目の前の風景にバーチャルな世界が重なり合って見える(=現実を拡張する)ゲームが流行っていますが、環境音楽も現実の世界をほんの少し拡張して、その場の雰囲気を増幅させる効果があるように思います。
なるほど。そう言われてみると環境音楽も聴けそうな気がしてきました。雨の日に、雨をモチーフにした環境音楽を流すことで、より雨の気分を強調したり…ということですね。
ところで、実は私はブライアン・イーノのヴォーカル付きの曲が好きなんです。「Some Of Them Are Old」とか。
イーノの声、いいですよね。一番新しい『The Ship』というアルバムでもヴェルベット・アンダーグラウンドの「I’m Set Free」をカバーして歌っています。僕はイーノのヴォーカル曲なら「By This River」が好きです。
日本のアンビエント(環境音楽)の第一人者である細野晴臣さんも近年はヴォーカル曲の作品ばかり作っているし、人は年をとると歌いたくなるのでしょうか。
ブライアン・イーノつながりで、イーノが2000年にプロデュースしたU2の『All That You Can’t Leave Behind』というアルバムも旅を彷彿とさせる音楽のひとつです。ジャケットが素晴らしくて、アントン・コービンというカメラマンがシャルル・ド・ゴール空港で撮ったモノクロの写真が旅情を誘うんです。
このジャケット、カッコいい!KAMAKUKANIを運営しているフクダ・ロングライフデザインの福田社長はU2の大ファンなので、喜びそうなお話です。
旅情と音楽は切り離せませんね。移動中に聴く音楽って、心の中の特別なところにスッと入ってくる感じがします。
フランスからスイスに行ったときに初めて電車で国境を越えました。一人旅だったから音楽に浸れる絶好のチャンスで、しかも車窓からのアルプスの景色があまりにも雄大で、眠るのにはもったいな過ぎて…。最初は一人で心細くてダンダンとテンションが落ちていたのですが、この景色だったら絶対に一人でよかった!!!って一気にテンションも上がって、いつもだったら恥ずかしい気分になるカントリーっぽい曲を聴いて、めっちゃ楽しかったです。
アルプスに向かって「♪ヨーレローリロヒホー」ってヨーデルを歌っているデキさんを想像できますね…。でも実はヨーデルとカントリーは深い関係があって、ヨーデルがアメリカのカントリー・ミュージックのルーツのひとつだと言われているそうですよ。
僕の中で「いいポップソング」の基準のひとつに「カーラジオから流れてきた時に楽しい曲」というのがあるんです。程よく賑やかで、メロディもリズムもしっかりしていて、曲の展開が明確で、印象的なフレーズやリフがあれば文句なし。運転中って神経を使うし、長距離だと手持ちの音楽にも飽きて退屈なので、ラジオから流れてくる雑多な音楽がかえって心地よく感じるときがあります。だから、僕にとって車の旅とポップソングはセットなんです。
私は運転中はとにかく歌える曲。これ以外には考えれません!笑、、以前に車通勤していたとき、電車通勤に変えたらずっと調子が悪くて、でも原因がわからなくて、しばらくして解明!!歌えてなかったからだったんです。私の中でポップソングはそんな立ち位置ですね。更に倍の楽しい気分にしてくれる、してくれなきゃダメなんですよ!アベさんも運転しながら歌う?
僕にとっては小沢健二さんの音楽がそんな感じです。「さよならなんて云えないよ」という曲の歌詞に「左にカーブを曲がると光る海が見えてくる」というセンテンスがあって、ちょうど沖縄でよく走る山道に同じような状況があるので、そこをドライブするときは「待ってました!」とばかりに、いつも大声でその曲を歌います。
私は海が見えてきたら100%サザンの「希望の轍」!っていうか、条件反射的に頭の中で原由子さんのキーボードで「希望の轍」の前奏が流れ出します。
あとは、嵐のような天気の悪い日はドリカムの「a little waltz」の「♪ 嵐の雲も遥か上は上天気~」ってフレーズでテンション上げています。自分の想像力を覆すようなインパクトのある曲って、いつまでも心に残りますね。ブルーハーツの「1000のバイオリン」もそんな感じ!よく運転中に歌います。「♪ハックルベリーに会いに行く、台無しにした昨日は帳消しだ!」って、書いてるだけで元気が出てきました。上向きになるような音楽をipodに詰め込んで車でビューンとちょっと行きたくなりました~。
なんだか旅に出たくなりましたね。
読者の皆さんも、とりあえず次の週末に、お気に入りの音楽をたくさん持って、ちょっと遠くまで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?
ブルーハーツのデビュー30周年を記念したベスト盤。「1000のバイオリン」やCMで有名なアレンジ版「1001のバイオリン」も収録。
References & Thanks to
1
10月4日公開
KAMAKULANI1周年記念特別企画。芸術の秋、いつもとは少し違った視点を持って音楽を聴こう!音楽も家具のようにインテリアの一部と考え、家の中のそれぞれの空間に適した音楽を選んでみましょう。
2
11月8日公開
旅先のホテルや空港で、どんな音楽を聴きたくなりますか?旅の途中で出合う音楽には、そこでしか感じられないものや体験できないことが、たくさん詰まっています。この秋、旅を楽しむための音楽をKAMAKULANIがオススメします。
3
12月13日公開
レコード、カセットテープ、MD、CD、MP3、音楽のフォーマットの変化に合わせて、私たちの音楽を聴く環境も変化してきました。今、私たちが本当に聴きたいのは、どんな音楽でしょう?KAMAKULANIが辿る音楽の温故知新。最終回!