今回は、『旅する石鹸』ができるまでお話をしてみたいと思います。
2008年ごろから「本のための小さな家具」というテーマで展示会を企画して、日本各地の本屋さんやカフェ、ミュージアムショップなどと一緒に様々なデザイナーや作家さんたちと展示会を開催していました。その内2011年に東京を中心に展開している書店との企画の中で、“旅”をテーマに商品開発をすることになりました。以前に海外に住んでいた時期があり、海外旅行の機会も多いのですが、海外のホテルのアメニティーの石鹸やスーパーで販売されている石鹸は洗浄力や香りが強すぎて、「旅先でも日本の石鹸を使えたら…」と思うことが多くありました。その経験があったので、すぐに提案したい“旅”のアイテムとして石鹸を考えることに決定しました。
「旅行用の携帯石鹸」というコンセプトはすぐに決まったのですが、どうやって持ち運ぶか、という点で頭を悩ませました。ちょうどそのころにタイミングよく釜焚き石鹸のつくり方を見る機会があり、その作る工程や様子は、石鹸と分かっていてもおいしそうと思ってしまうほどキャラメルを作るのとそっくりで、そこに遠足や旅に持っていくキャラメルのイメージがオーバーラップして、『旅する石鹸』の形状が生まれたのです。
『旅する石鹸』のスタートはセルフプロダクトの企画商品だったため、自分でメーカー探しから始めなければなりませんでした。ただのかわいい雑貨の石鹸でなく、「ちゃんと使える本格的な石鹸にしたい」という思いがあり、いくつか気になる石鹸を取り寄せて実際に使ってみて、さらに使用感の良いものをその中からピックアップして使ってみました。その中で、もともと肌があまり強い方ではなく乾燥肌の自分にぴったりとフィットしたのが丸菱石鹸の『山羊ミルク石鹸』でした。
すぐに丸菱石鹸さんにコンタクトをとり企画を説明させていただいて、トントンと製作するところまで話は進んでいきました。ここまでの流れは本当に驚くほどスムーズに進みました。石鹸を選ぶにあたり試用した石鹸以外にも良い石鹸は沢山あると思いますが、その沢山ある石鹸の中からたまたまリサーチに引っかかったこと、自分の肌にぴったりとフィットしたこと、とても真摯に石鹸に向き合っている丸菱さんの人柄など様々な縁を感じ、その積み重ねでモノは出来ているんだな、とこの時とても実感したことを覚えています。
初めての打合せの中で、神戸で60年近く無添加石鹸を作り続けていること、原材料にはこだわり由来の分かるもののみ使用していること、体に直接触れるものでありアレルギーのある方やお肌にトラブルのある方に使っていただく機会が多いため、食べられるレベルの原料を使用していることなど、丸菱さんの石鹸について知らなかったいろいろなお話を聞かせていただきました。
その中でも興味深かったのが山羊ミルク石鹸で使用しているやぎミルクの由来。会長さんが工場で自然に生えている草を食べさせて育てている“恭子ちゃん”というヤギからお乳をいただいて作っているという、丸菱石鹸の石鹸を表しているようなお話でした(恭子ちゃんには美香ちゃんという姉妹ヤギがいたそうです)。
あげている餌になる雑草も無農薬の自然のものなので安心して使えます。このお話を聞いて、「ぜひ皆さんに丸菱石鹸の石鹸を知ってもらいたい!」という気持ちになりました。そのためにはどうしたらいいか?「小粒の一日で使い切れる小分けにすれば、会社や旅行先でたくさんの人に分けてもらえるんじゃないか。たくさんの人に丸菱石鹸の石鹸を使って知ってもらえるのではないか」と考え、小粒の使い切り石鹸という形態になりました。
小分けにすることは決まりましたが、小さくするとどんな形にしてもおいしそうに見えてしまいました。間違って食べてしまいそうだな…という問題が実際に形にする段階で持ち上がります。これは本当に悩みましたが、原材料を食品レベルの原料しか使っていないということも丸菱石鹸の特徴でもあります。
だったら、逆にその点も含めて形に落とし込んでしまおうとポジティブにとらえ、現在のキャラメルのような形態に落ち着きました。原料にも自信があるからこそできる商品なんです。…とは言え石鹸は石鹸です。決して食べ物ではないですし、ましてや美味しくないです!食べないでくださいね。
形も決まり、次はパッケージです。あまり気づいてもらえない部分かもしれませんが、『旅する石鹸』のパッケージは印刷で色を出すのではなく、色の付いた厚紙に黒の印刷を載せています。色厚紙を使うと印刷よりもコストは上がってしまいますが、無添加石鹸の自然な色や清潔なイメージ、老舗の懐かしさを表現したかったため無理を言って色と紙の選択にはこだわりました。無意識にでも皆さんに伝わっていると良いんですが…。
丸菱石鹸の石鹸はミルクや蜂蜜などの成分を通常よりも贅沢に含んでいます。そのデメリットとして保管状況によってはその成分がにじみ出てしまうことがあります。石鹸自体の品質に変わりはないのですが、消費者には気になる部分でもあります。そのためパッケージを包むシュリンクパッケージをたびたび変更しています。現在は密封式の真空パックを採用してにじみが出にくくしていますが、欠点もありまだまだ試行錯誤中です。商品開発をするときにいつも感じますが、100%納得できるものを作ることは本当に難しいと思います。
とは言え、このところ「旅する石鹸、いいよねぇ」とうれしいお話を聞かせていただく機会も多くなってきました。本当にありがたいことです。まだまだ未完成な商品ですが、100%納得のいくものに少しずつ改良していきたいと思います。
通常五八では、作り手が先にいてそこに合わせて企画提案をします。その点、『旅する石鹸』は五八の中では珍しく商品イメージが先にあり、それに合わせてメーカーを探して開発した商品です。その点では旅する石鹸は、純粋な五八のオリジナル商品と言えるかもしれません。こういうオリジナル商品は企画の段階では規制が無い分自由に考えることができます。今後こういう商品も少し増やしていければ、これまでの五八とは違った部分も見えてくるかな、とぼんやり考えています。
References & Thanks to
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1月19日公開
五八PRODUCTSでも多くの商品を扱っている、肥前吉田の陶磁器ブランド「224porcelain(ニー・ニー・ヨン・ポーセリン)」。シンプルだけど機能的なテーブルウェアのSUIシリーズ、本棚に彩りを添えるはなぶんこ、ペーパーフィルターのいらないコーヒードリッパー「Caffé hat」など、五八と共同開発した商品を紹介します。
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2月16日公開
国産うちわの約90%を生産する香川県丸亀市。江戸時代から受け継がれる伝統技術に、五八PRODUCTSの新しい解釈を加えて生まれた「丸亀うちわ Ojigi」は、首をかしげておじぎをしているように見える愛らしい形が特徴です。
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3月15日公開
まるで箱入りキャラメルのようなかわいい石鹸『旅する石鹸』。形にも品質にもパッケージにもしっかりと意味があるのです。企画先行型のモノづくりは、五八プロダクツの新しい可能性を感じさせてくれます。
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4月19日公開
大正時代に長野県で農業閑散期の産業として生まれた「農民美術」。戦後の復興とともに再び復活したこの運動は現在でも地域の作り手の皆さんによって受け継がれています。この長野県農民美術と五八プロダクツの出会いのきっかけとなった木端人形「雪ん子」。その値段には思わず膝を打つ「根拠」がありました。
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5月24日公開
2016年で活動5周年を迎える五八PRODUCTS。産地との関係を重視して、あえて「デザイナー」ではなく「問屋」であることを選んだことの意味を、今改めて見つめ直しています。若い世代に日本の物づくりの素晴らしさを伝えていくために、産地や作り手の人々と消費者の間で五島さんと八木沼さんの挑戦は続きます。