初めての絵本を出版後、私がその仕事を続けられたのは、ふたつの出会いのおかげだった。
ある失敗を機に、「目標を持つのはもうやめよう。これからは、目的地のない散歩をするようにやって行こう」と決めた方向音痴の私は、いつの間にかイラストレーターの仕事をするようになり、運と縁に恵まれて、件の失敗から7年後、なんと絵本を出版してもらえたのであった。
そのことで、「私はもう、運の貯金を使い果たしたのだ。これからいいことなんて、当分の間ないだろう」と思っていた。初めての出版で嬉しい反面、私は少し憂鬱だった。ところが、『わたしドーナツこ』の発売からしばらくして、他の出版社の編集者の方が、連絡を下さったのだ。どうやら絵本を気に入ってくれたようで、「よかったら会ってお話をしませんか?」とのこと。私は嬉しくて、早速会ってみることにした。
連絡を下さった方は、何人かいらっしゃって、全員とお会いしてお話した。みなさん熱心で素敵な人たちだったし、私も私なりに頑張ってはみたものの、全ての企画が通るわけではなく、やはりボツになるものもあり、残念ながら、未だご一緒出来ずじまいの人もいる。
そんなわけで、この後私が実際にご一緒出来たのは、料理雑誌の編集者Wさんと、絵本編集者のOさんだった。
Wさんは、私が以前、挿絵の仕事でお世話になったことがある、料理雑誌の編集者の方で、私がその時の担当者の方に宛てて送った新刊案内のDMを見て、『わたしドーナツこ』を読んで下さったらしい。そしてタイミングがよいことに、絵本風レシピの企画があるとのことで、その仕事を私に依頼して下さったのだ。それも、1回きりの特集ではなく、連載の企画だ。やはり私は運がよい。貯金はまだ使い切っていなかったようだ。
Wさんとお会いしたのは、東日本大震災の、本当に直後で、東京でも比較的大きな余震が続いていた頃だった。なるべく外出はしたくない、という空気が濃くある頃で、私はあんなに閑散とした新宿を見たことはなかった。その閑散とした新宿の喫茶店で、時々起こる余震に時々中断しながらお話をした。忘れられない打ち合わせだ。
余震が起こるたびに、私は漫画の吹き出しみたいに、「あ~揺れてる揺れてる」と声に出して言った。Wさんは、「大丈夫大丈夫、ビルの上だから、大きく感じるだけですよ」と、説明台詞みたいに言った。文字にしてみると、ふざけているように見えるかもしれないけれど、ちっともふざけてなんていなかった。黙っていると、自分の頭が恐怖一色になってしまいそうで、それを避けるためにしていたのだ。
その料理雑誌は、隔週で月に2回発売される。毎回その時の料理に合わせて、短いお話と1枚の絵、それから、調理手順のカットを描く仕事だ。隔週というペースで、初めてのタイプの仕事を引き受けることに、「ちゃんと出来るだろうか…」と、少し不安を感じたが、お話は、慣れるまではWさんが担当してくれることになった。(最初の頃の連載は、“作・絵/井上コトリ”ではなく、“絵/井上コトリ”となっている。)イラストだけなら、隔週でも不安はない。もちろん喜んでお引き受けした。
まずは、毎回登場する“食いしん坊で美味しいものが大好き”なメインキャラクターと、その仲間たちを提案することになった。「動物のキャラクターと、人間のキャラクターと、その中間のようなキャラクターと、3パターンほど考えてみます」と約束した。企画自体は通っているので、あとは私が頑張るだけだ。とにかく、目の前のことをいつも通りに頑張ろうと思った。
その当時の東京は、私を含め、自分が普通の生活を送れることに、違和感や申し訳ない気持ちをどこか抱えながら過ごしている人が多かったと思う。自分たちが、直接的に決定的に傷ついたというわけではなく、それでもやはり、ショックや混乱を感じずにはいられない微妙な距離感の中で、ヒステリックに騒ぐことも、過剰に悲嘆に暮れることも、一方的かもしれない思いやりも、ただただ傍観していることも、どれも失礼に当たるような気がした。正解のない問題を解くように、静かに悩んでいる人が多かったと思う。
私は、「普通に過ごせる私はなるべく普通に過ごそう」と、自分自身に言い聞かせていた。例えば片手に怪我をした時に、もう一方の手が、手当てと同時にいつも通りのことをいつも以上に普通にこなす必要があるように、手当てをする立場にない自分は、せめていつも以上に普通に過ごそうと、言い聞かせて過ごしていた。もちろん、それが正解かと言われると、自信などなかった。
ともすると、過剰な何かに傾きそうになる中で、決して声高には言わないけれど、そんな風に過ごしている人は、案外多かったように思う。それも、今だから思うことだし、今だから言えることだし、正解のない問題ということに変わりはない。その場所にいないと分からない空気というものがある。あの頃の空気は、そういう種類のものだった。
Oさんは、ある出版社の児童局の編集者の方で、書店で『わたしドーナツこ』を見つけて読んで下さったそうだ。だから、私にとって、全く新しい繋がりの人だった。
「イラストレーターさんの、ポップな感じの絵本が出たんだな~と思って読んでみたら、お話がしっかりしていて、そのバランスが面白いと思いました」と、言って下さった。
すっかり諦めたとはいえ、元々は脚本を書きたかった私は、お話を褒めてもらえたのが、何よりも嬉しかった。当時の自分が救われたような気がしたし、あの頃の経験も、無駄ではなかったのかもしれない、と思えた。Oさんは、「今、何かかいてみたいものはありますか?」と言った。私は、何となく頭の中にあった、“さびしがりやの沼の話”と、“1年に1度大雨が降る谷底の町の話”をした。
私の頭の中には、いつも物語の欠片が転がっている。それは、絵本を始めてからのことではない。そもそも一生の思い出のつもりで『わたしドーナツこ』を作った私は、意識的に2作目を準備していたわけではなかった。
子供の頃から、頭の中のある場所には、いつも物語の欠片が転がっていた。その場所は、喩えるなら海辺のような場所で、そこにはもちろん自分しかいないのだけど、どうやらその海は外の世界とどこかで繋がっていて、何かの欠片を運んできては打ち上げる。私はそこで、お気に入りのシーグラスを拾ったり眺めたりするように、時々遊ぶのが好きなのだ。
その欠片は、物語の始まりの部分だったり、お終いの部分だったり、クライマックスの部分だったり、どこの場面かは分からないけれど、何となく素敵な場面だったり、時には言葉だけだったりして、起承転結のある物語としてまとまるかどうかは、その時点では全く分からない。時々、別々に落ちていた欠片が組み合わさって、ひとつの形になることもあるし、せっかくお気に入りの欠片なのに、物語にはならないこともある。その時私は、その頃気に入っていたふたつの欠片について、Oさんにお話したのだ。
Oさんは、私にいくつかの質問をした後に、こう言った。
「大雨は、寓話的な意味での大雨だと思うし、もちろん井上さんにそんな意図はないと思うのだけど、やはり災害を連想させる可能性があるし、それで嫌な思いをしてしまう人がいるかもしれないので、今はやめましょう。沼が主人公のお話というのは、私の思い出せる限り、見たことがないし、見てみたいと思いました。沼のお話が形になったら、見せてもらえませんか?」
私は、「はい、頑張ります」と答えた。
信頼出来る人だと思った。この人も、きっと静かに悩んでいるひとりなのだと思った。
打ち合わせを終えて、下北沢の喫茶店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。節電の影響で、当時の街は、夜になると本当に暗かった。そのかわり、ひとつひとつの灯りが、とても尊く見えた。
別れ際、Oさんは、年下の、それも海の物とも山の物ともつかない私に深々と頭を下げて、「よろしくお願いします」と言った。
「なんてきれいなお辞儀だろう」と思って、私も真似をして深々と礼をしたけれど、きっと上手くなかっただろう。
暗い街を、家に向かってひとり歩いた。
暗いといっても、灯りは確かにあり、確かにある道の上を、普通に歩いている。今までの日常と同じではないけれど、それでも自分は、充分日常と呼べる範囲の中にいるのだ。なつこがくれたふたつの卵を、とにかく大切に育てていこうと思った。
1
6月20日公開
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2
7月19日公開
出版社の編集長からのアドバイスをきっかけに絵本をかいてみることにした井上コトリさん。記念すべき初めての絵本『わたしドーナツこ』が生まれるまでには、絵本作家になるための大切なことに気づかせてくれた「その前の」絵本の存在がありました。2冊の絵本の誕生秘話。
3
8月23日公開
『わたしドーナツ』から『わたしドーナツこ』へと名前を変えた初めての絵本。タイトルから装丁まで、出版社やデザイナーの方々と一緒に試行錯誤を繰り返しながらだんだん「なつこらしい」本に仕上がっていきました。それは井上コトリさんにとって魔法のような体験となりました。
4
9月20日公開
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5
10月18日公開
絵本作家としてのデビューを果たした井上コトリさん。そこですべての運の貯金を使い果たしたかのように思えたけど、すぐに新しいふたつの出会いがやってきました。料理雑誌の挿絵の仕事と、絵本2作目の話。ふたつの卵が育まれていたのです。
6
11月15日公開
料理雑誌のイラストと新しい絵本。ふたつの卵を抱えた井上コトリさん。2作目の絵本の企画がなかなか通らず、ついに再び「どん底」に。そこで聞こえてきたのは、いつかの自分の言葉とお世話になったU編集長の言葉。その声を頼りに『ちいさなぬま』が完成しました。