Kubota Jun

画家

1956年東京生まれ。東京藝術大学形成デザイン科卒業。会社員、フリーランスでの広告の仕事を経て2009年より絵画を発表。個展・グループ展等多数。鎌倉在住。

連載中雲の行方

6「猫と少女の絵本」についての覚書。

猫を描く

久保田家の猫、アンズ(右)とケムシ(左)

10月の終わりにstudio COOCAのやっている平塚のカフェ&ギャラリーで個展をやる予定です。絵本を想定した猫と少女の話を、絵物語のように見られる展示にしたい、と思っています。

「眠り猫(絵本のための習作)」水彩絵具・紙 2018

猫を描く、という段階ですでに悪戦苦闘が始まりました。以前に飼犬を描いてほしいという依頼を受けたこともあるのですが、何年も経つのにその絵も描けていません。猫は猫画家と言われる人たちも多くいるようで、プレッシャーも感じました。

ヒトのほうも、7才の女の子という設定なのですが、これまで架空の人物、年齢性別不詳、という感じでヒトを描いてきたので、具体的な設定をしたとたんに描けなくなりました。

猫はわが家の飼い猫の、ヒマラヤンという猫種だと思われる、顔が真っ黒いアンズ(♂、保護猫、推定6才)をモデルにしようとしています。女の子はペーパームーンという映画に出ていた頃の幼いテータム・オニールを東洋人化しよう、とか、なんとか実像を作ろうと試みています。さらに、女の子のお父さんとお母さんも出てくる、という難題山積。


近づいたと思ったら逃げてしまう

「おどる」水彩絵具・紙 2016

削ぎ落とす、という方向で絵を作っていた自分の姿勢が根本から揺らぐ感じがあって、昔の仕事であるCMのディレクター時代の絵コンテを作っているようでもあり、まちがった方向に進んでいるのではないか、という思いにも囚われるのですが、これを完成させることが今の自分には必要なのだと思って進めています。

渋谷の文化村でやっていた猪熊弦一郎さんの「猫たち」の展示を見に行ったり、骨格図をアンズと見比べたりしながら少しづつ猫に近づこうとたくさんスケッチをしているのですが、猫の絵もまた、現実の猫と同じように、近づいたと思ったらぱっと逃げてしまうようです。

しかし骨格図を見たり、アンズやもう一匹の飼い猫のキジトラのケムシ(やはり♂、9ヶ月)の体を骨格を確かめるために触ったりしているうちに、骨の構造は人間とそう変わらないのだな、ということに気づきました。細かい点では、例えば犬には鎖骨がない、などの違いもありますが、大まかには、たぶん哺乳類は、骨の構造は大体同じなのではないだろうか。それで、大体同じだということにしよう、と決めました。

すると女の子も猫も、そう違わない存在に感じられます。ここから絵本の新たな背骨を見つけようとしています。

言葉と絵画、猫とヒト

「顔」水彩絵具・紙 2016

言葉も、たまにこのエッセイのようなものを書くぐらいで、難行です。

前回の絵本「なみにのる」は主人公と自然との流れる時間の中での関わり、という内容だったのですが、今回はもう少し物語が語られます。以前から、言葉と絵画の間にははっきりとした接続がある、と考えていて、同時に、どう接続しているのかがわかっていない、とも言っていたのですが、このごろでは表記言語は絵画の一形式ではないか、と考えています。それで、物語の言語表記も絵画だと思って進めようとしています。

漢字使用の複雑さ(どこを漢字にするか、それはなぜか)の問題を払拭するために、かな表記になりそうです。一方で、鎌倉図書館の児童コーナーで片っ端から気になる絵本を読みながら(これは、なかなか怪しい光景かもしれません)、既存の絵本の絵と表記言語の組み合わせ方を日々探っています。まあよく言えば本編を描くために着々と準備を進めている、ということになるし、有り体に言えば、散らかるだけ散らかっている、という状況です。

表記言語=絵画、猫=ヒト、これを道しるべに猫と少女の物語は進んでいます。まだこれから、新たな通底するものを見つけていく作業が必要になるのかもしれません。

「りんご」水彩絵具・紙 2015

さて、今回で、KAMAKULANIのわたしのエッセイは終了です。6回の長きにわたってお読みいただいた方々、キュレーターの出来さん、編集部の阿部さんに深く感謝いたします。

みなさま、ありがとうございました。

連載中雲の行方

1

12月19日公開

絵と言葉・絵本『なみにのる』

鎌倉に住む大きな理由は波乗りができるということ。「絵を描くために波乗りが必要だ」という口実がぴったりな画家の久保田さんは、文字通り暮らしと波乗りと絵画が密接な関係で結びついた日々を鎌倉で過ごしています。2017年には初めての絵本『なみにのる』を上梓し、原画展も開催しました。絵に添えられた言葉と、その言葉が喚起するイメージ。それはまるでお互いを映し合う久保田さんと波乗りの関係のようです。

2

1月23日公開

自己紹介とか近況など。

漫画を描くのが好きだった幼少期、広告代理店勤務を経て、CM制作に携わった日々。そして、50代になり、そんな暮しから離れて鎌倉に居を移し、波と向き合って絵を描く暮らしが始まりました。波乗りをしながら波乗りの絵を描く、そのためには日々波に乗ることが必要だ、という完璧な生活の循環を思いつき、「死ぬまで絵を描く」と心に決めた久保田さんがたどり着いた心境とは…。

3

2月20日公開

見る・読む・聞く・絵画・言語・...

久保田さんが最近訪れた東京の展示を3つ紹介。「本という樹、図書館という森」「谷川俊太郎展」そして「坂本龍一with高谷史郎|設置音楽 2 《IS YOUR TIME》」。言葉、音、映像。それぞれ特性の異なる表現手段が、久保田さんの絵画にどのような刺激と共感を与えたのでしょうか。

4

3月20日公開

マンガをめぐる記憶。

手塚治虫、横山光輝、赤塚不二夫など、漫画の黄金時代に幼少期を過ごした久保田さん。中でも格別に心を惹かれたのは石森章太郎の作品でした。当時、実験マンガ『ジュン』の描き出す斬新な世界に魅了された久保田さんにとって、マンガは今でも絵画とはまた一味違った魅力を持ち続けています。

5

4月17日公開

わたしの絵画を支えている、いく...

久保田さんの絵を支えている4つの要素。デザイン、線、色彩、そしてモチーフ。それらは絵画の基本でありながら、今でも久保田さんを魅了して止まない絵画の魅力そのものです。絵を描くということは、自由なようで実はスポーツのようにルールに沿っています。しかしそれが何のスポーツなのか…絵が仕上がるまで描いている本人にもわからないそうです。

6

5月15日公開

「猫と少女の絵本」についての覚書。

猫と少女についての絵を描くことになった久保田さん。細かい設定や実在のモデルを想定しながら感じる苦悩は、なんと前職のCMディレクターの仕事にも通ずるものだったのです。自由を求めて画家になったはずなのに、また同じところへ戻ってしまうのだろうか?それとも…。絵画、そして言葉と向き合う日々の中で、久保田さんは今日も雲を追うように新たな表現を探しています。連載最終回。